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こんにちは!陣内です。
今回も基礎研究を踏まえて考察していますが、研究結果をそのまま臨床に当てはめるのではなく、私自身の臨床経験や解釈、仮説も含めて整理しています。内容を鵜呑みにせず、ご自身でも調べ、検証しながら臨床に活かしていただければと思います。
鍼施術を行った直後に関節可動域が広がることがあります。
私自身、この現象を何度も経験しています。
特に印象に残っているのがハムストリングスの肉離れから競技復帰を目指している選手です。
受傷から時間が経過し競技復帰がかなり近づいている。それでも立位前屈を行うとハムストリングスに張り感が残り、十分に前屈できないことがあります。
こうした選手に対して、私は立位前屈でハムストリングスを伸張させた状態のまま刺鍼することがあります。
張り感が生じる姿勢を保持してもらい、ハムストリングスそのものに刺鍼します。得気が得られたところで速やかに抜鍼し、再び前屈してもらうと張り感が軽減して可動域が改善することがあります。
私の臨床では比較的再現性が高く、改善が持続するケースも経験しています。
似たような反応は野球の投手でもみられます。
肩関節の内旋や外旋で張り感が生じ、可動域が制限されている選手に対し、大円筋や小円筋へ短時間の刺鍼を行います。こちらも得気を得た後に速やかに抜鍼すると、肩関節の回旋可動域が改善することがあります。
長時間の置鍼を行っているわけではありません。鍼通電も使用していません。
それなのに、なぜ可動域が変わるのでしょうか。
以前は「筋肉が緩んだから」と説明することもありました。
しかし、筋肉が緩むとは具体的に何が変化した状態なのでしょう。
筋の機械的な硬さが低下したのでしょうか。それとも伸張時の張り感や神経系の働きが変化したのでしょうか。
今回は鍼刺激後の関節可動域改善について、筋の機械的特性、伸張耐性、疼痛調節、脊髄反射、運動制御という視点から考えてみたいと思います。
なお、紹介する研究には経穴への鍼刺激だけでなく、筋のトリガーポイントなどを対象としたドライニードリングの研究も含まれます。刺激方法や対象が異なることを踏まえて読んでいただければと思います。
関節可動域が広がることと筋肉が柔らかくなることは同じなのか

関節可動域(Range of Motion:ROM)は筋や腱、関節包、靭帯などの組織による機械的な抵抗の影響を受けます。
しかし、それだけで決まるわけではありません。
疼痛や伸張時の不快感、筋活動、運動制御なども関係しています。
例えばハムストリングスを伸張すると筋腱複合体には受動的な張力が生じます。伸張が大きくなるほど抵抗も増加しますが、実際にどの角度まで動かせるかは、その抵抗をどこまで許容できるかにも左右されます。
同じ抵抗が生じていても、強い痛みや不快感を感じればそこで運動を止めるかもしれません。
反対に、伸張時の感覚が変化すれば、組織の機械的な硬さが変わっていなくても可動域が広がる可能性があります。
この考え方に関係するのが「伸張耐性(stretch tolerance)」です。
筋肉が柔らかくなったのではなく、伸張刺激を許容できる範囲が変化した可能性です。
また、自動ROMと他動ROMでも考えるべき要素が異なります。
自動ROMでは筋力や筋活動、主動筋と拮抗筋の協調、疼痛による運動の制限などが関係します。
他動ROMでは筋腱複合体や関節周囲組織の受動的な抵抗に加え、伸張時の疼痛や防御的な筋活動などが関係します。他動ROMであっても、神経系の影響がなくなるわけではありません。
今回紹介した立位前屈も、ハムストリングスだけの評価ではありません。
股関節の屈曲に加えて骨盤の前傾や腰椎の屈曲が関係しますし、膝関節の状態によっても変化します。
前屈可動域が改善したという結果だけで、ハムストリングスそのものの伸張性が改善したとは判断できないのです。
鍼刺激で筋の機械的な硬さは変化するのか

臨床で「筋肉が硬い」と表現するとき触診で感じる抵抗感や筋の張り、圧痛などをまとめて捉えていることがあります。
一方、研究で測定される筋スティフネスは外力に対して組織が変形に抵抗する程度を表す機械的な指標です。触診で感じる硬さと同じものではありません。
Kellyら(2021)は健康な成人60名を対象に、ドライニードリング後の筋スティフネスを調べています。
対象となったのは棘下筋、脊柱起立筋、腓腹筋です。筋の機械的特性を評価するためにMyotonPROが使用されました。
MyotonPROは皮膚表面に短い機械的刺激を加えその振動応答から組織の機械的特性を推定する装置です。
研究では腓腹筋においてドライニードリング直後にスティフネスが有意に低下しました。
局所単収縮反応(Local Twitch Response:LTR)が生じた腓腹筋や脊柱起立筋の群でも低下が認められています。
一方、棘下筋では有意な変化が認められませんでした。さらに24時間後にはスティフネスが増加していました。
同じドライニードリングでも筋によって反応が異なり、直後の変化がそのまま維持されるわけではないという結果です。
この研究からは、鍼刺激によって局所の機械的特性が変化する可能性を考えることができます。
ただし、測定しているのは筋の局所的なスティフネスであり、関節可動域ではありません。
安静時に測定したスティフネスが低下しても、関節運動中の筋腱複合体の抵抗が同じように低下するとは限りません。
関節運動中の受動的な抵抗には筋だけでなく腱や関節周囲組織も関係します。
鍼刺激後のROM改善を考える際には局所の筋スティフネスと関節全体の受動的な抵抗を分けて考える必要があります。
筋の硬さが変わらなくてもROMは改善するのか

筋を受動的に伸張すると関節には運動に抵抗するトルクが発生します。これを受動トルクと呼びます。
関節角度と受動トルクの関係を測定するとトルク角度曲線を描くことができます。
例えば膝関節を他動的に伸展させる場合伸展角度が大きくなるにつれてハムストリングスなどの組織による抵抗が増加します。
施術前後で同じ関節角度における受動トルクを比較すれば受動的な抵抗に変化が生じたかを検討できます。
一方、同じ角度での受動トルクが変化していなくても、以前より大きなトルクを許容できるようになれば、最大ROMが増加する可能性があります。
つまり、最大ROMが増加したことと、組織の受動的な抵抗が減少したことは同義ではありません。
なお、受動トルクには筋腱複合体以外の組織や測定中の筋活動も影響するため、特定の筋の硬さを単独で評価しているわけではありません。
ハムストリングスへのドライニードリング研究
Ansariら(2020)はハムストリングスの短縮が認められる健康な成人15名を対象にドライニードリング後の変化を検討しています。
ハムストリングスの3か所に対してそれぞれ1分間の刺激を行いました。
評価項目は自動膝伸展角度、筋のコンプライアンス、最大受動トルク、伸張耐性です。
コンプライアンスは外力に対する変形のしやすさに関係する指標で一般にスティフネスとは逆の性質を表します。
結果として施術直後と15分後の両方ですべての測定項目に統計学的に有意な改善が報告されました。
関節角度だけでなく筋の機械的特性や伸張耐性に関係する指標も測定している点が興味深いところです。
一方、この研究は15名を対象とした予備的研究で、偽鍼群や無処置群がありません。
繰り返し測定による慣れなどの影響を除外できないため、鍼刺激に特異的な作用とまでは判断できません。
静的ストレッチングと比較するとどうなのか
Alaeiら(2021)は、ハムストリングスの短縮が認められる健康な成人40名を対象に、ドライニードリングと静的ストレッチングを比較しています。
ドライニードリング群ではハムストリングスの3か所に、それぞれ1分間の刺激を行いました。
静的ストレッチング群では30秒間のストレッチングを3セット行っています。
研究では自動膝伸展角度、筋のコンプライアンス、最大受動トルク、伸張耐性が評価されました。
ドライニードリング群では、静的ストレッチング群と比較してすべての評価項目で良好な改善が報告されました。筋のコンプライアンスは施術15分後に有意に増加しています。
この結果は、ドライニードリングがROM改善に関係する可能性を示しています。
ただし、比較しているのは静的ストレッチングです。偽鍼との比較ではないため、刺鍼そのものに特異的な効果なのか、刺激に伴う感覚的な体験などが関係しているのかは区別できません。
偽鍼と比較した研究ではどうなのか
Masonら(2016)は非外傷性膝痛を有する39名を対象にドライニードリングと偽鍼を比較しています。
両群ともハムストリングスのストレッチングを行い実際のドライニードリングを併用する群と偽鍼を併用する群に分けて検討しました。
評価されたのはハムストリングスのROMやスクワットROM、疼痛などです。
結果として、両群でROMや疼痛の改善が認められましたが、群間に有意な差は認められませんでした。
つまり、ストレッチングに実際の刺鍼を併用しても、偽鍼を併用した場合を上回る改善は確認されませんでした。
ここまでの研究を並べると、鍼刺激後にROMが改善するという報告はあるものの、その改善がどの程度鍼刺激に特異的なのかについては一致した結果が得られていません。
また、対象者は健康成人や非外傷性膝痛の患者さんであり私が経験している肉離れ回復期後半の選手とは条件が異なります。
疼痛や張り感が変化するとROMも変わるのか

関節可動域を制限する要因として疼痛は無視できません。
例えば肩関節を挙上した際120°で痛みが生じそれ以上動かせない患者さんがいたとします。
施術後に同じ角度での痛みが軽減すれば筋や関節包の機械的な抵抗が変化していなくてもさらに大きな角度まで動かせる可能性があります。
鍼刺激による疼痛調節には、末梢組織での化学的変化や脊髄後角での侵害受容情報の調節、下行性疼痛調節系などが関係すると考えられています。
Goldmanら(2010)はマウスを用いた研究で、鍼刺激によって局所のアデノシン濃度が上昇し、アデノシンA1受容体を介した抗侵害受容作用が生じることを報告しています。
アデノシンA1受容体はGi/oタンパク質と共役し神経の興奮性や神経伝達物質の放出を調節する働きがあります。
この研究ではA1受容体を欠損したマウスにおいて鍼刺激による抗侵害受容作用が認められませんでした。
局所の化学的変化が鍼刺激による疼痛調節に関係することを示した基礎研究です。ただし、鍼刺激による鎮痛をアデノシンだけで説明することはできません。
ここで私の臨床経験を考えてみます。
ハムストリングスの肉離れ回復期後半では強い痛みよりも張り感が問題になっていることがあります。投手の肩関節でも同様です。
張り感という感覚は必ずしも筋の機械的な硬さを直接反映しているとは限りません。
伸張によって生じる組織への負荷や感覚入力、それまでの疼痛経験などが関係している可能性があります。
刺鍼後に張り感が軽減しさらに大きな角度まで動かせるようになったのであれば伸張時の感覚や許容範囲が変化したという解釈が考えられます。
私の臨床では受動トルクや筋スティフネスを同時に測定していないため伸張耐性が実際に変化したと確認できているわけではありません。
鍼刺激後に筋活動が変化する可能性

疼痛や感覚入力が変化すると筋活動の仕方も変わる可能性があります。
HodgesとTucker(2011)は痛みに伴う運動の変化について筋活動の再分配という考え方を提示しています。
痛みがあるとすべての筋活動が増加するわけではありません。
ある筋の活動が低下する一方で別の筋の活動が増加したり同じ筋の中でも動員される運動単位が変化したりする可能性があります。
TuckerとHodges(2010)は実験的な痛みによって大腿四頭筋の運動単位の動員戦略や力の発揮方向が変化することを報告しています。
つまり、痛みによる運動制限は単純な筋緊張の増加だけでは説明できないということです。
鍼刺激後の筋活動を筋電図で調べた研究もあります。
一部では安静時の筋電図活動の低下が報告されていますが偽鍼との比較で明確な差が認められなかった研究もあります。
また、筋電図活動が低下したからといって筋の受動的な硬さが減少したとは言えません。
今回のテーマでは、筋活動の変化をROM改善の直接的な説明とするよりも関節運動に関係する複数の要因の一つとして考える方が適切だと思います。
鍼刺激は脊髄反射を変化させるのか

鍼刺激後の神経生理学的な変化を調べた研究では、H反射が利用されることがあります。
H反射(Hoffmann reflex)は、末梢神経への電気刺激によって主にIa求心性線維を興奮させ、脊髄を介して筋から記録される反射応答です。
筋紡錘からの伸張反射と共通する神経経路を利用していますが、筋を実際に伸張させているわけではありません。
例えば脛骨神経を刺激し、ヒラメ筋からH反射を記録する方法があります。
刺激強度を変化させることでH反射の動員曲線を作成し、反射経路の興奮性を評価します。
ただし、H反射はα運動ニューロンそのものの興奮性だけを表す指標ではありません。
Ia求心性入力のシナプス前抑制や運動ニューロンプールの状態など、複数の要因に影響されます。
鍼刺激後のH反射を調べた研究
Chanら(2004)は、陽陵泉(GB34)と陰陵泉(SP9)への手技鍼を行い、ヒラメ筋H反射の動員曲線から神経興奮性の変化を検討しています。
この研究ではH反射とM波の動員曲線の上昇部分の傾きの比を用いて評価しました。
M波は末梢の運動神経軸索を直接刺激することで生じる筋応答です。
結果として、短時間の手技鍼では明確な変化が認められなかった一方、持続的な手技鍼では神経興奮性の指標が低下しました。
その変化は刺激終了15分後と30分後にも認められています。
さらに、得気の主観的な強さと神経興奮性の変化には有意な相関が認められませんでした。
得気を強く感じるほど神経生理学的な変化が大きくなるとは限らないことは、臨床を考えるうえでも興味深い結果です。
私の臨床では得気を得た後にすぐ抜鍼していますが、この研究で短時間刺激による明確な変化が認められなかったことも踏まえる必要があります。
刺激部位や測定項目が異なるため、今回の臨床経験と直接比較することはできません。
H反射が変わらなくても相反抑制は変化するのか

Seifら(2025)は内側腓腹筋に潜在性トリガーポイントを有する成人17名を対象に深部ドライニードリングを行っています。
評価項目はH反射、M波、相反抑制、他動足関節背屈ROMです。
測定は施術前、施術直後、90分後、72時間後に行われました。
他動足関節背屈ROMは施術前の14.1°から施術直後には19.2°へ増加しました。
90分後には14.1°となり、施術前と同程度でしたが、72時間後には17.8°となり、施術前より有意に増加していました。
神経生理学的な評価では、ヒラメ筋と外側腓腹筋の最大H反射振幅に有意な変化は認められませんでした。
一方、刺鍼対象となった内側腓腹筋では最大M波振幅が変化したため最大H反射振幅についての統計解析は行われていません。
ヒラメ筋の相反抑制に関する指標は施術直後に約30%、72時間後に約36%増加しました。
これは研究で用いられた相反抑制の評価指標の相対的な変化率であり実際の筋活動が30〜36%抑制されたことを意味するものではありません。
相反抑制とは何か
相反抑制はある筋の活動に関連して拮抗筋の運動ニューロンへの入力が抑制される神経機構です。
代表的な経路として、筋紡錘からのIa求心性線維が脊髄内のIa抑制性介在ニューロンを介し拮抗筋のα運動ニューロンを抑制する仕組みがあります。
例えば足関節を背屈させる際には前脛骨筋が主動筋として働き、底屈筋群は拮抗筋になります。
このとき拮抗筋の活動を適切に調節することは円滑な運動に関係しています。
ただし、実際の運動中の筋活動は相反抑制だけで決まるわけではありません。姿勢制御や関節の安定性が必要な場面では、主動筋と拮抗筋が同時に活動することもあります。
Seifらの研究で興味深いのは、ヒラメ筋と外側腓腹筋の最大H反射振幅に有意な変化が認められなかった一方で、相反抑制に関係する指標が変化していたことです。
最大H反射振幅だけでは、脊髄内の抑制性回路に関係する変化を十分に捉えられない可能性があります。
しかし、この研究にはもう一つ重要な結果があります。
相反抑制の変化量とROMの変化量には、有意な相関が認められませんでした。
施術直後の相関係数はr=0.03、72時間後はr=0.19でした。
相反抑制が大きく変化した人ほど、ROMが大きく改善したという関係は確認されていません。
さらに、この研究には偽鍼群や無処置対照群がありません。そのため相反抑制の増加がROM改善を引き起こしたとは言えません。
また、評価されたのは他動足関節背屈ROMです。今回の結果をそのまま自動ROMの改善に当てはめることもできません。
私はこの研究を、相反抑制がROM改善の原因であることを示した研究としてではなく、鍼刺激後には関節可動域と脊髄内の抑制性回路に関係する指標が、それぞれ変化する場合があることを示した研究として捉えています。
伸張位で刺鍼することには意味があるのか

ここからは私自身の臨床経験を踏まえた考察になります。
最初に紹介したハムストリングスの症例では筋を伸張させた状態で刺鍼しています。安静位で刺鍼する方法とは、筋や周囲組織の状態が異なります。
まず考えられるのは伸張に伴う感覚入力です。
筋紡錘は筋の長さや伸張速度に関係する情報を神経系へ伝える受容器です。
筋紡錘からのIa求心性線維は脊髄内でα運動ニューロンや介在ニューロンに接続し、伸張反射や筋活動の調節に関係しています。
また、γ運動ニューロンは筋紡錘内の錘内筋線維を支配し筋紡錘の感度を調節しています。
立位前屈によってハムストリングスが伸張されているとき神経系には筋の状態に関する感覚情報が入力されています。
その状態で刺鍼すると鍼による機械的刺激や感覚入力が新たに加わります。
この複数の入力が脊髄や上位中枢で統合され、伸張時の感覚や運動出力に影響する可能性は考えられます。
ただし、得気を生じさせる感覚入力と筋紡錘からのIa入力は同じものではありません。
得気は複数の感覚成分を含む主観的な体験であり得気が生じたことから筋紡錘の感度やγ運動ニューロンの活動が変化したとは判断できません。
私が経験しているROM改善についても筋紡錘やIa求心性入力を直接測定したわけではありません。
そのため、伸張位での刺鍼によって感覚入力の統合が変化しているのではないかというのは、現段階では仮説です。
得気を得てすぐ抜鍼していること
私の臨床経験でもう一つ特徴的なのは得気を得た後に速やかに抜鍼していることです。
長時間の置鍼や鍼通電は行っていません。それでも施術直後から可動域が変化することがあります。
この反応を考えると長時間の刺激を加えなくても、何らかの感覚入力や局所組織への刺激によってROMに関係する要因が変化する可能性があります。
しかし、得気そのものが改善の原因であることを確認したわけではありません。
得気を伴わない刺鍼との比較も行っていませんし、安静位での刺鍼と伸張位での刺鍼を比較したわけでもありません。
現時点で私が観察しているのは伸張位での短時間刺鍼後に張り感と前屈可動域が変化するという現象です。
筋の機械的特性が変化したのか、伸張時の感覚や許容範囲が変化したのか。それとも複数の要因が関係しているのか。
今後も臨床の中で考えていきたいと思います。
ROM改善が持続するのはなぜなのか

鍼施術直後にROMが改善してもその変化が必ず持続するわけではありません。
一方、施術後に適切な運動指導を行うことで改善した可動域が維持されるケースも経験しています。
私は、この違いには施術後の運動経験が関係している可能性を考えています。
例えば疼痛や張り感がある状態では患者さんはその感覚を避けるように運動していることがあります。
肩関節を動かす際に肩甲骨の運動が変化したり、股関節を動かす際に骨盤や腰椎で代償したりすることもあります。
鍼施術後に疼痛や不快感が軽減すればそれまで避けていた範囲まで動かせるようになるかもしれません。
その状態で適切な運動を繰り返すことで新しい運動範囲での筋活動や感覚情報を経験することになります。
運動学習には反復による運動出力の調整や感覚フィードバック、課題への適応などが関係しています。
そのため、鍼施術後の運動指導がROM改善の維持に役立つという仮説は考えられます。
ただし、鍼刺激によって変化した神経生理学的な状態が運動指導によって固定されるという因果関係が確認されているわけではありません。
また、施術後に可動域が広がったとしても損傷した組織の修復が進んだことを意味するわけではありません。
特に肉離れの回復期では、痛みや張り感が軽減したことと筋腱複合体の負荷耐性が十分に回復したことを区別する必要があります。
今回紹介したハムストリングスの症例も、競技復帰が近い回復期後半の経験です。
急性期や組織の負荷耐性が十分に回復していない段階で同じ方法を行ってよいという意味ではありません。
臨床では何を評価すればよいのか
鍼施術後のROM改善を評価する際には、最大角度だけでなく、どのような変化が起きたのかを確認したいところです。
例えば肩関節の内旋ROMが改善した場合でも、痛みが軽減したのか、張り感が軽減したのか、代償動作が減ったのかによって解釈は変わります。
私が意識したいのは、まず自動ROMと他動ROMを分けて評価することです。
自動ROMだけが改善した場合には、筋活動や運動制御、疼痛による運動の制限などが関係している可能性があります。
他動ROMも改善した場合には、伸張時の疼痛や組織の受動的な抵抗、防御的な筋活動などを考える必要があります。
もちろん、自動ROMと他動ROMの変化だけで原因を特定できるわけではありません。
もう一つ重要なのが、疼痛や張り感が生じる角度です。
例えば施術前には120°で痛みが出現し、最大ROMが140°だったとします。
施術後に疼痛出現角度が140°へ変化し、最大ROMが160°になった場合、疼痛や伸張刺激を許容できる範囲が変化した可能性があります。
また、施術前後で同じ角度における痛みや張り感を比較することも有用です。
最大ROMでの痛みだけを比較すると、施術前後で測定している角度そのものが異なるため、解釈が難しくなります。
立位前屈の場合には、前屈の到達距離だけでなく骨盤や腰椎の動きも確認したいところです。
可能であればSLRや自動膝伸展テストなどを組み合わせることで、変化をより詳しく捉えられると思います。
他動ROMでは検査者が加える力や運動速度、測定姿勢をできるだけ統一する必要があります。
また、施術直後だけでなく翌日や数日後にも評価することで、変化がどの程度持続しているのかを確認できます。
最終的には、ROMが何度広がったかだけでなく、その変化が日常生活や競技動作にどのようにつながったのかを確認することが大切だと思います。
まとめ
鍼施術後に関節可動域が広がると、つい「筋肉が緩んだ」と説明したくなります。
しかし、関節可動域の改善はそれほど単純ではないようです。
筋の機械的な硬さが変化する場合もあれば、伸張時の感覚や許容範囲、疼痛、運動時の筋活動が関係している可能性もあります。
私の臨床では、ハムストリングスを伸張させたまま短時間の刺鍼を行い、得気を得てすぐ抜鍼することで、前屈可動域が改善するケースを経験しています。
この現象の背景に何があるのかは、まだ一つに絞ることができません。
ただ、今回の研究を読み進めるなかで、改めて感じたことがあります。
それは、関節可動域が改善したという結果と、何が変化したのかという機序は分けて考える必要があるということです。
臨床で起きている変化を大切にしながら、その背景を研究から考えていく。
これからもそうした姿勢で鍼施術を考えていきたいと思います。
参考文献
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