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こんにちは!
陣内です。
今回の記事は「鍼通電療法でよく使われる100 Hzはなぜ痛みに対して効果があるのか?」について解説していきたいと思います。
前回の記事では「鍼通電療法でよく使われる2 Hzはなぜ痛みに対して効果があるのか?」という記事を書きました。

2 Hzについて調べていくと、
2 Hz=β-エンドルフィン
という単純な話ではなく末梢神経への刺激から始まり、脊髄、脳幹、内因性オピオイド、下行性疼痛調節系など、かなり複雑な仕組みが関係していることが分かりました。
(実際このブログを書くのにかなり沼りました。)
では、もう一つ鍼通電で使われることのある、
100 Hz
では何が起こっているのでしょうか?
鍼通電について勉強すると、
2 Hz=β-エンドルフィン
100 Hz=ダイノルフィン
と覚えている方も多いと思います。
私もセミナーなどでそうお話をすることも多いです。これは間違いではないですが単純な話でもなさそうです。
100Hzでも2Hzについて調べたときと同じ疑問が出てきます。
「そもそも、なぜ100 Hzだとダイノルフィンなんだ?(沼確定)」
ということです。
100 Hzにするとダイノルフィンが出て、κ(カッパ)オピオイド受容体が働いて痛みが抑えられる。
確かに分かりやすいです。
でも、
神経はどうやって2 Hzと100 Hzを区別しているのでしょうか?
今回はここを少し深掘りしてみます。誰得でもない自分の回顧録になりそうです。
さて今回も沼への扉を開いていきましょうw
そもそも100 Hzとは?

100 Hzとは1秒間に100回の刺激という意味です。
刺激間隔で考えると約10 ms(ミリ秒)ごとに1回刺激が入ることになります。
一方、2 Hzでは1秒間に2回なので約500 msごとに1回です。
つまり2 Hzでは、
刺激
↓
約500 ms
↓
刺激
なのに対して、100 Hzでは、
刺激
↓
約10 ms
↓
刺激
↓
約10 ms
↓
刺激……
となります。
同じ鍼通電でも神経に入ってくる刺激の時間パターンはかなり違います。
ここで大事なのは100 Hz=2 Hzより100倍強い刺激という意味ではないことです。
周波数はあくまで「1秒間に何回刺激するのか」を表しています。
もちろん実際の神経刺激は周波数だけではなく、
- 刺激強度
- パルス幅
- 波形
- 通電時間
- 刺鍼部位
- 刺激される神経線維
などによって変化します。
そのため「100 Hzだからこうなる」と周波数だけで全てを説明することはできません。
そのうえで100 Hzという高頻度刺激には特徴的な中枢神経系の反応が報告されています。
100 Hzではダイノルフィン系が優位に動員される?

100 Hz鍼通電について非常によく知られているのがダイノルフィン(Dynorphin)です。
Hanらによる一連の基礎研究から、鍼通電によって動員される内因性オピオイドには周波数依存性があるというモデルが提唱されています。
古典的には2 Hzでは、
β-エンドルフィン
エンケファリン
エンドモルフィン
↓
μ(ミュー)・δ(デルタ)オピオイド受容体系
一方100 Hzでは、
ダイノルフィン
↓
κ(カッパ)オピオイド受容体系
が重視されてきました。
ここで大事なのは、
「100 Hzではダイノルフィンしか働かない」
あるいは、
「100 Hzではκオピオイド受容体しか使われない」
という意味ではないことです。
あくまで古典的な周波数依存モデルでは、刺激周波数によって動員されやすい内因性オピオイド系の比重が変化すると考えられています。
実際、動物研究では100 Hz鍼通電による鎮痛にκオピオイド受容体が重要であることが薬理学的に示されています。
ただし、100 Hz鍼通電による鎮痛反応のすべてをκオピオイド受容体だけで説明できるわけではありません。
「100 Hz EAではκ受容体系の関与が示されている」
という話と、
「100 Hz EAの鎮痛作用はκ受容体だけで説明できる」
という話は分けて考えた方がよさそうです。
さらに、100 Hz EAでも脳内の部位によってはμオピオイド受容体の関与を示す動物研究があります。
例えば、ラットの前視蓋核(anterior pretectal nucleus)を対象とした研究では、100 Hz EAによる鎮痛にμオピオイド受容体や5-HT₁受容体に関連する機構が関与することが報告されています。
そのため、
「100 Hz=中枢神経系のどこでもκオピオイド受容体」
と考えるのも単純化しすぎなのかもしれません。
100 Hzでダイノルフィン-κ系が重要であるという古典的モデルを基本にしながらも、脳部位や神経回路によって関与する受容体や神経伝達機構が異なる可能性も考えておく必要がありそうです。
ダイノルフィンって何?

ではダイノルフィンとは何なのでしょうか?
ダイノルフィンも、
- β-エンドルフィン
- エンケファリン
- エンドモルフィン
などと同じ、
内因性オピオイドペプチド
の一つです。
簡単にいうと身体の中でもともと作られているオピオイド受容体に作用するペプチドです。
ダイノルフィンには、
- Dynorphin A
- Dynorphin B
などがあり、前駆体である
プロダイノルフィン(Prodynorphin:PDYN)
から作られます。
そしてダイノルフィンは内因性オピオイドの中でも特にκオピオイド受容体との親和性が高いことで知られています。
そのため古典的な鍼通電モデルでは、
100 Hz
↓
ダイノルフィン
↓
κオピオイド受容体
という流れが重要視されてきました。
κオピオイド受容体が働くとなぜ痛みが抑えられる?

ここから少し細胞レベルの話になります。
この辺ってなかなか難しいですよね。
κオピオイド受容体は、μ・δオピオイド受容体と同じように、Gi/oタンパク質共役型受容体です。
ダイノルフィンなどによってκオピオイド受容体が活性化すると、
κオピオイド受容体
↓
Gi/oタンパク質
↓
アデニル酸シクラーゼ抑制
↓
cAMP低下
という細胞内シグナルが起こります。
さらに電位依存性Ca²⁺チャネルの抑制や、K⁺チャネルの活性化などを介して神経細胞を興奮しにくい方向へ変化させます。
前回の2Hzの記事でもご紹介したところですね。
特にシナプス前終末でCa²⁺流入が抑制されれば神経伝達物質の放出も抑えられます。
簡単にいうと、
痛みの情報を次の神経へ伝えにくくする方向に働く
わけです。
ただし、ここは一つ注意が必要です。
この、
κ受容体
↓
Gi/o
↓
Ca²⁺チャネル抑制・K⁺チャネル活性化
という流れは、
「100 Hz鍼通電に特有の細胞内機序」というより、κオピオイド受容体そのものが持つ基本的な細胞内シグナル
です。
ここは2 Hzと比較すると面白いところです。
2 Hzではμ・δ。
100 Hzではκ。
動員されやすいオピオイド受容体には違いがあります。
しかし、
μ・δ・κはいずれもGi/oタンパク質共役型受容体です。
つまり、
入口は違ってもその先では共通する神経抑制機構を利用している
ということになります。
100 Hzでは脊髄のダイノルフィン-κ系が注目されてきた

100 Hz鍼通電を考えるうえで重要なのが脊髄です。
古典的な周波数依存モデルでは、100 Hz鍼通電による鎮痛について脊髄レベルのダイノルフィン-κオピオイド受容体系の関与を支持する研究が蓄積されてきました。
末梢から入ってきた侵害情報は、脊髄後角で次のニューロンへ伝達されます。
この段階でオピオイド系による抑制が働けば、侵害情報が上位中枢へ伝わる前の段階で、その情報伝達を調節できるということになります。
そのため100 Hzについて考えるときには
「脊髄のダイノルフィン-κ系」
が一つの重要なキーワードになります。
ただし、ここでも注意が必要です。
これは、
100 Hz → ダイノルフィン放出 → κ受容体活性化 → 鎮痛
という一連の流れのすべてが、ヒトの鍼通電において直接証明されているという意味ではありません。
また100 Hz=脊髄だけという意味でもありません。
100 Hz=ダイノルフィン+5-HTだけでもない

鍼通電による求心性入力は脊髄だけで終わるわけではありません。
脊髄からさらに上位中枢へ伝達され、
- 中脳水道周囲灰白質(PAG)
- 延髄
- 縫線核系
- その他の脳幹・中枢神経系
などを含む疼痛調節ネットワークにも影響します。
つまり、
100 Hz
↓
ダイノルフィン
↓
κ受容体
↓
脊髄
だけで100 Hz鍼通電の鎮痛作用をすべて説明できるわけではありません。
ここでセロトニン(5-HT)などのモノアミン系も関係してきます。
さらにラットのtail-flick testを用いた研究では、100 Hz EAによる鎮痛反応に、オピオイド系や5-HT系だけでなく、脊髄のムスカリン性機構やGABA作動性機構(GABA_A・GABA_B受容体)の関与も示されています。
ただし、これらの関与は鎮痛反応の強さや持続時間によって異なる可能性があります。
つまり、
100 Hz=ダイノルフィン-κ
というモデルは100 Hz EAを理解する重要な入口ではありますが、実際の鎮痛反応は、複数の神経伝達物質・受容体・神経回路が重なって形成されている可能性があると考えた方がよさそうです。
5-HTを含む疼痛調節系は2 Hzと100 Hzの共通項

ここは今回かなり重要だと思っています。
2 Hzと100 Hzを、
2 Hz=β-エンドルフィン
100 Hz=ダイノルフィン
と覚えると全く別の鎮痛システムが動いているように感じます。
しかし実際にはそんなにきれいには分けられないと考えられています。
動物研究では、セロトニン作動性の疼痛調節機構が2 Hzと100 Hzの両方の鍼通電鎮痛に関係することが示されています。
つまり、2 Hz
β-エンドルフィン・エンケファリンなど
↓
μ・δオピオイド受容体系
↓
中枢の疼痛調節ネットワーク
↓
5-HTなど
↓
脊髄後角で侵害情報を調節
一方100 Hzでは、
ダイノルフィン-κ系を含むオピオイド機構
+
5-HT系などの下行性疼痛調節機構
+
脊髄のGABA作動性・ムスカリン性機構
↓
侵害情報伝達の調節
というように、入口には違いがあっても、その後に使われる疼痛調節ネットワークには重なる部分があると考えた方がよさそうです。
つまり2 Hzと100 Hzは完全に独立した鎮痛システムではないということです。
ただしノルアドレナリンまで同じとは限らない

ここがまた面白いところです。
セロトニンについては2 Hzと100 Hzの両方への関与が示されています。
ではノルアドレナリンも同じなのでしょうか?
ラットを用いて2 Hzと100 Hz鍼通電を直接比較した研究があります。
この研究ではセロトニン受容体を遮断すると2 Hz・100 Hzともに鎮痛持続時間が短縮しました。
一方、α₁・α₂アドレナリン受容体を遮断した場合には、2 Hz鍼通電の鎮痛反応には変化がみられましたが100 Hzでは同じような影響が確認されませんでした。
つまり、
5-HTは2 Hzと100 Hzに共通して関与している可能性がある
一方、
NAへの依存度は周波数によって異なる可能性がある
ということです。
この辺って面白いですよね。
「2 Hzと100 Hzは違う」と言っても全部が違うわけではない。
逆に「共通する疼痛調節ネットワークを使っている」と言っても全部が同じなわけでもない。
個人的には同じ疼痛調節ネットワークの中で、周波数によって使われる神経伝達物質や神経回路の“重み付け”が変化していると考えた方が理解しやすいように思います。
100 Hzでは「鎮痛のブレーキ」も強く動く?

さらに100 Hzについて調べていくと、非常に面白い物質が出てきます。
それがCCK-8(コレシストキニン-8)です。
CCKというと消化管ホルモンを思い浮かべる方が多いかもしれません。
しかしCCKは中枢神経系にも存在しており内因性オピオイド鎮痛に拮抗するanti-opioid(抗オピオイド)系
として研究されています。
ラットの脊髄では鍼通電によってCCK-8の放出が増加することが報告されています。
ここで面白いのがCCK-8の増加にも周波数による違いがみられることです。
100 Hz・15 Hzでは増加が大きく2 Hzでは比較的小さいという結果が報告されています。
さらにCCK-B受容体を遮断すると鍼通電による鎮痛作用が増強し、その増強効果は、
100 Hz > 15 Hz > 2 Hz
でした。
つまりCCK-8は100 Hzだけで働く物質ではありません。
ただ高頻度EAではCCK-8を介したanti-opioid系もより強く動員される可能性があるということです。
鎮痛のアクセルとブレーキが同時に動いている?

ここが個人的にはかなり面白いところです。かなり偏った見方になるかもしれませんが
100 Hzでは、
ダイノルフィン
↓
κオピオイド受容体
↓
鎮痛
という方向に作用する一方で、
鍼通電
↓
CCK-8
↓
オピオイド鎮痛を抑制
という反応も起こる可能性があります。
イメージとしては鎮痛のアクセルを踏みながら、同時にブレーキもかけているようにも考えられます。
ただし、この「アクセルとブレーキ」という表現は、あくまで理解しやすくするための比喩です。
CCK-8が増加する生理学的意味を「鎮痛が強くなりすぎないように身体がブレーキをかけている」とまで断定することはできません。
CCK-8が100 Hz EAに対する生理学的フィードバック機構としてどのような意味を持つのかについても、この研究だけから結論づけることはできません。
ただ結果として、CCK-8が内因性オピオイドによる鎮痛を制限する方向に作用することから、
鍼通電による最終的な鎮痛反応はオピオイド系だけではなくそれに拮抗するanti-opioid系とのバランスによって決まっている可能性
があります。
Hanらは、鍼通電に対する反応性の個体差についても、
- 内因性オピオイドの放出
- CCK-8などのanti-opioid系
が関係する可能性を指摘しています。
同じ条件で鍼通電をしても効き方に個人差がある。
臨床では普通に経験しますよね。
もちろん、その個人差をCCK-8だけで説明できるわけではありません。
ただ「鎮痛物質がどれだけ出るか」だけではなく「その鎮痛にどれだけブレーキがかかるか」も考える必要があるというのは非常に面白いと思います。
ヒトでも100 Hzでダイノルフィンが増えるのか?

ここまで紹介してきた周波数依存的なオピオイド反応の根拠は動物研究がかなり多いです。
ではヒトではどうなのでしょうか?
ヒトへの末梢電気刺激でも、周波数によって異なる内因性オピオイド反応が起こる可能性を示した有名な研究があります。
被験者に2 Hzまたは100 Hzの電気刺激を行い、腰部脳脊髄液(CSF)中の内因性オピオイドペプチドを調べた研究では2 Hzと100 Hzで異なるオピオイドペプチドの変化が報告されています。
100 HzではダイノルフィンAに関連する免疫反応性の増加が確認されています。
ただし、ここにはかなり重要な注意点があります。
この研究は鍼通電ではなくTENS(経皮的電気神経刺激)です。
つまり、
「ヒトに100 Hz鍼通電をすると脊髄でダイノルフィンが増えることが直接証明された」
という意味ではありません。
ヒトでも周波数依存的な内因性オピオイド反応が存在する可能性を支持する研究ではありますが動物のEA研究とヒトのTENS研究をそのまま同じものとして扱うことはできないという点は押さえておいた方がよさそうです。
では、なぜ100 Hzでダイノルフィンなのか?

そして結局ここに戻ってきます。
100 Hzでは約10 ms間隔で刺激が入ります。
一方2 Hzでは約500 ms間隔です。
この刺激パターンの違いを神経系が何らかの形で読み取り、異なるオピオイド系の動員につながっている可能性があります。
実際、動物研究では興味深い結果があります。
2 Hzと100 HzのEAでは、オピオイドペプチド前駆体遺伝子の発現にも違いが報告されています。
古典的な研究では、
2 Hzではpreproenkephalin(PPE)
100 Hzではpreprodynorphin(PPD)
の発現との関連が示されています。
さらに、100 Hz EAによるPPD mRNA発現には、Fos/Junなどの転写調節機構が関係する可能性を示した動物研究もあります。
これ、結構すごい話ですよね。
単純に「もともと貯蔵されていたダイノルフィンを100 Hzでたくさん放出する」だけではない可能性があります。
ここまでの研究結果から考えると、
刺激周波数
↓
異なる神経活動パターン
↓
Fos/Junなどを含む転写調節機構
↓
オピオイドペプチド前駆体遺伝子の発現変化
というところまで影響している可能性があります。
ただし、この一連の流れのすべてが「100 Hzをダイノルフィン系へ変換する周波数解読機構」として証明されているわけではありません。
特に、
「100 Hzという刺激パターンを最初にどのような分子・細胞機構が読み取り、それがなぜPPD・ダイノルフィン系の動員につながるのか」
という部分については、まだ完全に分かっているわけではありません。
つまり、
Fos/Junなどの転写調節機構とPPD発現との関連が示されていること
と、
「神経が100 Hzをどのように認識してダイノルフィン系を選択するのか」が解明されていること
は別の話です。
神経系は単純に刺激が来たか来なかったかだけではなく、刺激がどのような時間パターンで入ってきたのかを読み取っている可能性があります。
ただ、その「読み取り」の部分こそが、まだ完全には埋まっていないところなのだと思います。
神経はどうやって「100 Hz」を読んでいるのか?

ここからが一番知りたいところです。
高頻度で神経が活動すると、細胞内のCa²⁺動態などが低頻度刺激とは異なる可能性があります。
神経ペプチドは小分子神経伝達物質とは異なりdense-core vesicle(有芯小胞)に貯蔵されています。
一般的な神経生理学ではこのような神経ペプチドの放出には比較的強い、あるいは高頻度の神経活動による細胞内Ca²⁺上昇が重要になることが知られています。
そのため、
100 Hz
↓
高頻度の神経活動
↓
Ca²⁺動態の変化
↓
有芯小胞からの神経ペプチド放出
という流れ自体は、神経ペプチド放出を考えるうえで一つの候補となる機序です。
ただし、ここがものすごく重要です。
これだけでは「なぜ100 Hzでエンケファリンではなく、ダイノルフィン系が優位に動員されるのか?」という疑問には答えられません。
高頻度刺激によるCa²⁺動態と神経ペプチド放出という一般的な神経生理学と、
100 Hz EAによってダイノルフィン系が優位に動員される理由
は分けて考える必要があります。
したがって100 Hz → Ca²⁺増加 → ダイノルフィン放出と単純につなげてしまうのは現時点では少し飛躍があるのかなと思います。
ましてや10 ms間隔だからダイノルフィンになると単純に説明できるものでもありません。
私の勉強不足もあると思いますが、今回調べた範囲では、
「100 Hzでダイノルフィン-κ系が動員されやすい」という現象については研究されているものの、「なぜ100 Hzという時間パターンがダイノルフィン系の優位な動員につながるのか」という細胞・回路レベルの橋渡し機序には、まだ分かっていない部分が残っている
と考えるのが一番よさそうです。
ここを無理に説明しようとすると、また沼が深くなりますw
「100 Hz=ダイノルフィン」で終わらせない

今回調べていて一番感じたのはここです。
鍼通電を勉強すると、
2 Hz=β-エンドルフィン
100 Hz=ダイノルフィン
と覚えたくなります。
確かにこれは分かりやすいですし古典的な周波数依存モデルを理解する入口としては便利です。私も実際このように話しています。
ただ、実際の身体はもう少し複雑なことも認識しておくことが大事です。
100 Hzでは、古典的なモデルとしてダイノルフィン-κオピオイド受容体系が重要である可能性があります。
しかし同時に、
5-HTを含む疼痛調節ネットワーク
だけでなく、
GABA作動性機構
ムスカリン性機構
などの関与も動物研究では示されています。
さらに、
CCK-8を介したanti-opioid系
まで動いている可能性があります。
そして100 Hzと2 Hzには、異なるところだけではなく、共通するところもあります。
つまり2 Hzと100 Hzで完全に別々の鎮痛システムがONになるというより、
共通する疼痛調節ネットワークの中で、刺激の時間パターンによって動員される神経ペプチド・受容体・神経回路の比重が変化している
と考えた方が今のところ私は理解しやすいです。
もちろんこれは現在の研究をまとめたうえでの私なりの解釈です。
2 Hzと100 Hzを比較してみる
最後に整理してみます。
| 項目 | 2 Hz | 100 Hz |
|---|---|---|
| 1秒間の刺激 | 2回 | 100回 |
| 刺激間隔 | 約500 ms | 約10 ms |
| 古典的オピオイドモデル | β-エンドルフィン・エンケファリン・エンドモルフィン | ダイノルフィン |
| 関連するオピオイド受容体 | μ・δ優位 | κ優位 |
| 脊髄オピオイド機構 | 関与 | ダイノルフィン-κ系が特に注目 |
| 5-HT | 関与 | 関与 |
| NA | 関与を示す動物研究あり | 同じ依存性は示されていない |
| Gi/o | μ・δを介して関与 | κを介して関与 |
| Ca²⁺チャネル抑制 | オピオイド受容体下流で関与 | オピオイド受容体下流で関与 |
| K⁺チャネル活性化 | 同様に関与 | 同様に関与 |
| CCK-8 | 増加するが比較的小さい | より大きく増加する可能性 |
| 前駆体遺伝子 | PPE発現との関連 | PPD発現との関連 |
| エビデンス | 動物研究中心 | 動物研究中心 |
こうして並べてみると違うところもあれば、同じところもあるということが分かります。
そして何より2 Hzと100 Hzの違いは「出てくるオピオイドの名前が違う」だけではないということです。
まとめ
100 Hz鍼通電による鎮痛について、古典的には、
100 Hz
↓
ダイノルフィン
↓
κオピオイド受容体
↓
侵害情報伝達の抑制
というモデルが提唱されています。
特に脊髄のダイノルフィン-κオピオイド受容体系は100 Hz EAの特徴として長く研究されてきました。
ただし、それだけではありません。
5-HTなどを含む疼痛調節系に加え、動物研究ではGABA作動性機構やムスカリン性機構の関与も示されています。
さらにCCK-8という、オピオイド鎮痛を抑制する方向に作用する仕組みも同時に動く可能性があります。
また100 Hzでは、ダイノルフィンの前駆体であるpreprodynorphin(PPD)の遺伝子発現が変化することも動物研究で報告されています。
そう考えると、100 Hzという刺激は単純に、
「ダイノルフィンを放出させるスイッチ」
ではないのかもしれません。
神経系が刺激の時間パターンを読み取り、どの神経ペプチドを使うのか、どの受容体を使うのか、どの神経回路にどれくらい依存するのかまで変化させている可能性があります。
ただし、
「100 Hzでダイノルフィン系が動員されやすい」
ことと、
「なぜ100 Hzだからダイノルフィン系が動員されるのか」
は別の問題です。
前者については多くの基礎研究があります。
一方で後者、つまり「神経系はどうやって2 Hzと100 Hzを区別しているのか?」という部分にはまだ埋まっていないところがあります。
2 Hzでは約500 ms間隔。
100 Hzでは約10 ms間隔。
この違いが、
Ca²⁺動態なのか。
神経ペプチドの放出なのか。
Fos/Junなどを含む転写調節なのか。
それとも神経回路そのものの違いなのか。
おそらく一つだけではないのでしょう。
そして現時点では、これらを単純な一本の経路として説明することもできません。
ここまで分かってくると、
「鍼通電で周波数を変える意味」
がもう少し見えてくる気がします。
ただ、この辺はまだ分かっていない部分もかなりあります。
100 Hz=ダイノルフィン。
これで覚えるのは簡単です。
でも、
「なぜ?」
と一歩踏み込んでみると、鍼通電ってやっぱり面白いですね。
今回ちょい大変だったので、周波数についてはまた少しずつ掘っていきたいと思います。
(ほんとはやだw)
参考文献
- Han JS. Acupuncture and endorphins. Neurosci Lett. 2004;361(1-3):258-261. doi:10.1016/j.neulet.2003.12.019. PMID: 15135942.
- 2 Hzではエンケファリン、β-エンドルフィン、エンドモルフィン、100 Hzではダイノルフィンが優位に放出されるという、周波数依存的な内因性オピオイドモデルを整理した代表的な総説。
- Chen XH, Han JS. Analgesia induced by electroacupuncture of different frequencies is mediated by different types of opioid receptors: another cross-tolerance study. Behav Brain Res. 1992;47(2):143-149. doi:10.1016/S0166-4328(05)80120-2. PMID: 1350448.
- ラットを用いた研究。2 Hz EAではμ・δオピオイド受容体、100 Hz EAではκオピオイド受容体の関与を示した、今回の記事の中心となる研究。
- Guo HF, Tian J, Wang X, Fang Y, Hou Y, Han J. Brain substrates activated by electroacupuncture of different frequencies (I): comparative study on the expression of oncogene c-fos and genes coding for three opioid peptides. Brain Res Mol Brain Res. 1996;43(1-2):157-166. PMID: 9037529.
- 2 Hzと100 Hz EAで異なる神経活動パターンとオピオイド関連遺伝子発現を報告。2 Hzではpreproenkephalin(PPE)mRNA、100 Hzではpreprodynorphin(PPD)mRNAの発現増加が示されている。
- Silva JRT, Silva ML, Prado WA. Analgesia induced by 2- or 100-Hz electroacupuncture in the rat tail-flick test depends on the activation of different descending pain inhibitory mechanisms. J Pain. 2011;12(1):51-60. doi:10.1016/j.jpain.2010.04.008. PMID: 20554480.
- 2 Hzと100 Hz EAにおける脊髄レベルの疼痛調節機構を比較したラット研究。セロトニン系は両周波数に関与する一方、ノルアドレナリン系への依存性には違いがみられた。また100 Hz EAでは、オピオイド、ムスカリン、GABA_A・GABA_B受容体に関連する機構の関与も示されている。
- Zhou Y, Sun YH, Shen JM, Han JS. Increased release of immunoreactive CCK-8 by electroacupuncture and enhancement of electroacupuncture analgesia by CCK-B antagonist in rat spinal cord. Neuropeptides. 1993;24(3):139-144. doi:10.1016/0143-4179(93)90077-N. PMID: 8474632.
- EAによる脊髄CCK-8放出を検討した研究。CCK-8の増加は100 Hz・15 Hzで大きく、2 Hzでは比較的小さかった。またCCK-B受容体遮断によるEA鎮痛増強は100 Hz>15 Hz>2 Hzの順に強かった。
- Han JS, Chen XH, Sun SL, Xu XJ, Yuan Y, Yan SC, Hao JX, Terenius L. Effect of low- and high-frequency TENS on Met-enkephalin-Arg-Phe and dynorphin A immunoreactivity in human lumbar CSF. Pain. 1991;47(3):295-298. doi:10.1016/0304-3959(91)90218-M. PMID: 1686080.
- ヒト37名を対象とした研究。2 Hz TENSではMet-enkephalin-Arg-Phe免疫反応性が増加し、100 Hz TENSではdynorphin A免疫反応性が増加した。ただし鍼通電ではなくTENSによる研究である点には注意が必要。
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- 100 Hz EAによる鎮痛と耐性形成に対するketamineの影響を検討したラット研究。100 Hz EAにおけるダイノルフィン-κオピオイド系を背景として扱っている。
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- ダイノルフィンとκオピオイド受容体との関係を理解するための基礎資料。
- Wang Y, Zhang Y, Wang W, Cao Y, Han JS. Effects of synchronous or asynchronous electroacupuncture stimulation with low versus high frequency on spinal opioid release and tail flick nociception. Exp Neurol. 2005;192(1):156-162. doi:10.1016/j.expneurol.2004.11.003. PMID: 15698629.
- 2 Hzと100 Hzを組み合わせた刺激による脊髄オピオイド放出を検討し、endomorphin-2とdynorphinの関与を示した研究。
- Lin JG, et al. The central serotonergic system mediates the analgesic effect of electroacupuncture on ZUSANLI (ST36) acupoints. PMID: 14966368.
- 2、10、100 Hz EAを比較し、複数の周波数でセロトニン系が鎮痛に関与することを示した動物研究。
- Burgoyne RD, Morgan A. Regulation of exocytosis in neuroendocrine cells: spatial organization of channels and vesicles, stimulus-secretion coupling, calcium buffers and modulation. Prog Neurobiol. 2000. doi:10.1016/S0165-0173(00)00023-0. PMID: 10967354.
- Ca²⁺流入とlarge dense-core vesicle(有芯小胞)からの分泌との関係を理解するための基礎的総説。100 Hz EAによるダイノルフィン放出を直接証明した研究ではなく、「高頻度刺激→Ca²⁺動態→神経ペプチド放出」という仮説を考える際の神経生理学的背景として参照。
- Guo HF, Tian J, Wang X, Fang Y, Hou Y, Han JS. Brain substrates activated by electroacupuncture (EA) of different frequencies (II): role of Fos/Jun proteins in EA-induced transcription of preproenkephalin and preprodynorphin genes. Brain Res Mol Brain Res. 1996;43(1-2):167-173. doi:10.1016/S0169-328X(96)00171-4. PMID: 9037530.
EAによるオピオイドペプチド前駆体遺伝子の転写調節を検討した動物研究。100 Hz EAによるpreprodynorphin(PPD)mRNA発現とFos/Junとの関連を考える根拠となる研究。 - Silva ML, Silva JRT, Prado WA. Analgesia induced by 2- or 100-Hz electroacupuncture in the rat tail-flick test depends on the anterior pretectal nucleus. Life Sci. 2013;93(20):742-754. doi:10.1016/j.lfs.2013.09.012. PMID: 24063986.
ラットの前視蓋核における2 Hz・100 Hz EAの鎮痛機構を検討した研究。100 Hz EAでは腹側前視蓋核のμオピオイド受容体および5-HT₁受容体に関連する機構の関与が示されており、「100 Hz=中枢神経系のどこでもκ」と単純化できないことを考えるうえで参考となる研究。


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